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「『メランコリア』がきっかけで、また続けていこうっていう気にもなれて」(Vo. G. イマイズミヒカル)
――まずは今のメンバーが知り合ったきっかけから教えてください。
イマイズミヒカル「小学生からですね。家が近くて一緒に遊んだりしてて。当時は3人ともサッカーをやってました。phononができたのが中学2年生。結成っていう言い方をすると、いちおう今年でもう10年目ですね(笑)」

――バンド活動を3人で始めたきっかけは?
イマイズミヒカル「きっかけはBUMP OF CHICKENなんですけど、昔からいろんなものを聴いてましたね」
ちゃん矢野「流行ってたやつは聴いてたよね」
イマイズミヒカル「一緒にカラオケ行ったりもしてたんで、そこで好きな歌を歌ったりしてて。最初は文化祭に出たかったっていう感じです。ドラムの矢野がやろうって言い出して。僕らは誘われた感じですね」
ちゃん矢野「単純にやってみたいっていう感じで。自分はドラムやりたいなと」
イマイズミヒカル「最初からドラム(笑)」
太田雄大「かたくなだったよね」
ちゃん矢野「カラオケとかよく一緒に行ってたんで、ヒカルに歌ってほしいなと思って『ボーカルやらない?』と。楽器とか触ったことがあったわけでもなく」

――当時は遊びみたいな感覚で?
イマイズミヒカル「遊びです。コピーでしたしね」
ちゃん矢野「できなかったらすぐ止めてたね。この曲ちょっと難しいからと(笑)」
イマイズミヒカル「当時は5人編成だったんですけど、文化祭が終わったあとにすぐ1人抜けて、4人の活動が結構長かったです。ずっとコピーだったんですけどね」

――その後、高校に進学するわけですが、バンドはそのまま続いたんですか?
イマイズミヒカル「高校はバラバラだったんですけど、続けようという感じに自然となってましたね。特に話し合いもせず、普通にやるんだろうなみたいな感じで。音楽をやってる友達は同じ高校にもいましたけど、一緒にバンド組もうとは全く考えなかったですね。休みの日に、今のメンバーと集まってやってました。BUMP OF CHICKENのコピーばっかり(笑)」
太田雄大「ずっとBUMP。当時はBUMPのクオリティを上げていっただけだったよね(笑)」

――オリジナル曲に取り組み始めたのは、どのぐらいの時期だったんですか?
イマイズミヒカル「17、18歳とかですね。その時に1曲、2曲ぐらいはありました。最初は単純に自分の好きな曲を聴きたい、それなら自分が作れるんじゃないかなと。自分から生まれる曲なら、一番好きになるだろうっていう安易な考えで曲を作っていたんですけど(笑)。なかなかそうはいかないですけどね」

――コピーではもう物足りない感じもあったんでしょうか。
イマイズミヒカル「あったかもしれないですね。これからやってきたいって、みんな思ってた時期だったし、それならやっぱ自分たちの曲でやりたいって思ってました」

――プロ志向って言うと大げさかもしれないですが、そういう意識も出てきていたんですか?
イマイズミヒカル「絶対売れると思ってました(笑)。いつの間にか気持ち的にも切り替わってましたね」

――オリジナル曲は、ライブでも早々に披露していたんですか?
イマイズミヒカル「確かしたよね?」
ちゃん矢野「コピー大半、オリジナル1曲だけという感じでしたね」
イマイズミヒカル「ライブは高校1年ぐらいからやっていたんですけど、人に自分の作った歌詞やメロディを聴かせるなんて、絶対嫌だと思ってました。だから最初はやっぱり恥ずかしかったですよ。たぶん自信のないライブをしたと思います(笑)」

――自分たちのサウンドみたいものへの意識は、その頃から?
イマイズミヒカル「自分たちに合う音を突き詰めてくと、やっぱりBUMP OF CHICKENをコピーしていた頃とはかけ離れていくというか。曲作りのルーツとしては、もちろんありますけどね」
太田雄大「音的なことで言うと、すごい変わってきたなとは思いますね。やっぱスリーピースなんで、隙間もありつつみたいなところもありますし」

――3人編成になったのは、どれぐらいの時期だったんですか?
イマイズミヒカル「2011年ですね」
太田雄大「大学2年とかの時期ですね」
イマイズミヒカル「メンバーが抜けることになったんですけど、すぐ3人でとなりました。スリーピースの音楽をよく聴くようになっていて、tacicaとか、チャットモンチーとか、好きなバンドも多かったりして。あと、その時の知り合いにギタリストがいなかったと思います(笑)。ギターを弾きながら歌うっていうのも結構好きだったんで、そのままやっちゃえばいいかって。もちろんなかなか難しいことが増えてきて、やっぱり4人とは全然違いましたね」

――それでも3人編成にこだわった理由はなんだったんでしょう?
イマイズミヒカル「オーディションは大きかったかもしれないですね。『Music Revolution』には4人編成の時から出していたんですけど、全然駄目で。スリーピースでオリジナルで出て、初めていけたんですよ。うれしかったですね。ちょっと自信になりましたね」

――2012年にはSAKAE SP-RINGに出演。バンドが動き始めた感がある年ですね。これは応募して?
イマイズミヒカル「はい、応募しました。フェスも初めてで。まさか出れるとは思ってなかったですね」
ちゃん矢野「その頃は、ライブ本数的にも結構増やしていた時期でしたね」
イマイズミヒカル「この頃には、こういう曲をやりたいっていうのははっきりしてました。今でもアレンジの細かいところはやっぱ悩むんですが、やりたいことはもうこの頃から見えてました。曲を押してこうっていう」

――2013年になってくると、かなり活動も広がってきましたよね。
イマイズミヒカル「お手伝いしてくれる方が増えて。企画ものをやり、ワンマンをやり、2013年から動きがガラッと変わりました」
ちゃん矢野「名古屋だけじゃなくて、外に行こうっていうのもこのタイミングで」
イマイズミヒカル「2nd SINGLEのツアーで初めて東京行ったりして」

――そして年末には初のワンマンライブも行っています。
イマイズミヒカル「実はこのワンマンに向けて書いた、『メランコリア』っていう曲が大きくて。この曲がきっかけで、何かまた続けていこうっていう気にもなれて。実はドラムの矢野が就職を考えてた時期だったんですよ」
ちゃん矢野「大学卒業のタイミングだったんで。就活もしつつ、合間をぬってバンドをやってたんですよ。でも合間を縫っているはずのバンドのスケジュールが、就活をする暇もないぐらいになってきて。あれ?あれ?と(笑)」
太田雄大「就活させねぇぞと(笑)」
ちゃん矢野「裏で企みがあったみたいで(笑)」
イマイズミヒカル「そう思うようになったのも『メランコリア』がきっかけだね」
太田雄大「そう。完全に」
イマイズミヒカル「もともとワンマンの時にCDを出すことは決まってたんですけど、曲は決まってなくて。それ用に書かなきゃいけないなと、無理矢理作った感じでした。それもあってか『メランコリア』は、今までになかったんですね。新しいphononでした。こんなことやってこなかったし。今となっては代表曲になってますけど、何でできたんだろうっていう感じがその時はあって」

――作った時の感じって覚えてます?
イマイズミヒカル「イントロのギターがあったんですけど、最初はそれを曲にするつもりもなくて。でも遊んでいたら、すごい面白いのができたなと思って」
ちゃん矢野「最初は、それにどうやって合わせんの?みたいな感じで(笑)」
太田雄大「めっちゃ困ったよね」

――疾走感があるリフは今のphononのサウンドの特徴にもなっていますが、「メランコリア」以前はもう少し違う雰囲気もあったのですか?
太田雄大「もっとメロウだったね。渋かった、本当に」
イマイズミヒカル「昔はバラードしか書けなくて。ギターバンドというよりは、もっと歌ものっぽかったです。今は結構激しいのもあったり、ギターロック的なアプローチの曲もありますけど」

――そうすると「これだな」みたいな手応えは結構ありましたか?
イマイズミヒカル「ありました」
ちゃん矢野「そうですね」
太田雄大「結構やりたかったものに近かったというか。それと歌詞自体も後押ししてくれる内容だったので、やるしかないなってなりましたね」

――そうすると、自然に矢野さんの就職の話も……。
ちゃん矢野「そうですね(笑)。それこそ『メランコリア』のPVを早朝から撮ったんですけど、その朝、僕が家を出る時にお父さんに手を掴まれて『おまえ、就活してるのか。こんな朝からどこ行くんだ』みたいに問い詰められて(笑)。そこで話し合いをして、最終的にとりあえず行かせてくれと」
太田雄大「話を聞いて、まじかよってなったよね(笑)」
ちゃん矢野「その時は全然納得はしてなくて。次の春にシングルが出て、そこでちゃんと親に話をしましたね。『メランコリア』が結構な人に受けて、全国で発売するって話も舞い込んできて。ワンマンもやったし、それをもって説得しました(笑)」

――バンド活動の面でもそうですし、サウンド的にもここで掴んだものは大きかったんじゃないですか?
イマイズミヒカル「そうですね。疾走感あるような曲が増えてきて、より掴んだというか。でも導かれてるような感じも強いんですよ。それこそ最初はメロコアっぽいかなと思って作ってたんですけど、できたら別にそうでもなかったり(笑)」

――確かにメロコアよりは、もう少し陰のある印象ですよね。それこそLOST IN TIMEやeastern youthのような……。
太田雄大「的確すぎてって感じですね(笑)」
イマイズミヒカル「LOST IN TIMEは本当に聴いていたんで、影響は受けてるかもしれないです。でも、自分ではあんまりビジョンがないんですよ。その時々で、何かいい感じのメロディとかがあるだけで」

――最新作の「ゼロと白e.p.」もそんな流れで作っていったんですか?
イマイズミヒカル「『ゼロと白』っていう単語がずっと昔からあって。そこからメロディを作り上げた感じですね。感覚で作って、ちゃんと見つめ直して修正する感じ。頭を2割、感覚を8割。メロディはそんな感じで作ってますね」

――それこそアートワークにも近いセンスを感じます。
イマイズミヒカル「最大限phononを生かしたいっていうのがあったので、合うような方をすごい探して。やっぱアートワークにもこだわりたいなと。Pixivで探しました。連絡したらぜひと言ってくれて、1st SINGLEからずっとやってくれています」

――昔では考えられなかったコラボレーションですよね。
太田雄大「会ったこともない人ですからね」
イマイズミヒカル「山口県に住んでいる方なんですけど、実は今回のツアーで山口公演が決まってて。
一応、誘ってるんですけど(笑)。年齢がまず全然違うんですよ。学生っていうのは公表してるんですけど、最初、信じてなかったです(笑)」
ちゃん矢野「学生がこんな絵描けないでしょ、みたいな(笑)」
イマイズミヒカル「描いてもらう時には、こういう色とかこういう景色とか伝えるんですけど、大体イメージどおりにいつも描いてきてくれるんですよ」
太田雄大「超えてくるよね、しかも」

――少し漠然とした話になるかもしれませんが、今後のこういうバンドになっていきたい、というようなビジョンはあったりします?
イマイズミヒカル「日常的に聴いてもらいたいなと思います。自分が音楽を聴く時は、それこそいい景色を見た時とか、ふとした時が多くて。やっぱ日常的なシーンのなかで、イヤホンで聴いてもらいたいのは強いですね」
太田雄大「あとは、誰にでも聴いてほしいよね」
イマイズミヒカル「バンド好きの人だけじゃなくて、アイドルを好きな人にも聴いてもらいたいし、お母さん世代にも聴いてほしいし。もしかすると、昔はわかる人だけっていうのも自分はあったかもしれないです。それこそ自分の作ったものを、あんまり人に見せたくなかったぐらいなんで。でも、今は聴いてほしくて仕方ないというか。みんなに聴いてもらっているうちに、いつの間にかそうなってましたね」